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平凡な生活の中に幸せが


by norinori1088
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おいしく食べて元気に老いる


久しぶりに近所の図書館に言った。
料理本の棚の隣にこんな題名の本があった
吉沢久子さんと高見澤たか子さんの共同執筆の本である。
吉沢さんといえば 老人の一人暮らしを書かれたものがあるので知っていた。
チョット読んでみるか。
冒頭から驚いた。まるで我が家の食卓を見られたかのように…。
子供が巣立って早、3年。夫婦二人の食卓になってしまったが
主人はどうもテーブルにおかずの皿が置かれると 同時に
もう食事が始まると思ってるようで 直ぐに食べ始める。
育った家庭は義父が晩酌しながら、おかずを3人の息子達や同居人と食べ、
義母は一人で台所で料理を作り続け、男達だけで満腹になり、
義母は食卓に着くや ヘトヘトで食べる気も無くなるという毎日だったらしい。
義父はビルマの戦場から帰ってきた時には体重が半分になる位、
痩せて帰ってきたので
その反動があるのか?食べ物には貪欲?だった。
本に戻るが
食事は家族が揃って食事についてから始まるもの、
という習慣を守っている
家庭に育った妻が、食卓に着くといきなり一人で食べ始める夫を見て、
自分を無視されているように感じたと話す例は多い。…。
と書いてあった。
他人であった2人が結婚して一組の夫婦となり、お互いの生まれ育った家庭の習慣を取捨選択して、影響を受けながら「私たちの家庭」を創り上げていくための、一番手近なよりどころは食卓だと言っていいであろう。とも書いてある。
子供がいたり義父母が一緒に食卓を囲んでいた時は
主人の行動を気にも留めなかったが、
二人の食卓になって以来、気になり始め、1度聞いてみた。
二人きりなのに何故、私が座るまでまってくれないの?と。
ハッと思ったようだが
何度かするとまた忘れてしまう。
イライラする様になり
ついに私は意地悪をするようになった。
お箸を最後にテーブルに出すのだ。
これは効いた。
「お箸をくれ」とまでは言えないようだ。
しかし、箸を持つやいなや、すごい勢いで食べ始める。
ゆっくり話しながら楽しく食べるという雰囲気ではない。
まあ食べられるということは「元気な証拠」ということで大目に見たほうがいいのか。
本に戻る。
シニアになると会話がどんどん減ってくる。
そこで高見澤さんはご主人に料理を教え2人で食事を作るようにしたそうだ。
共同作業なので喋らないわけにいかないと書いてあった。
また、日常はしなくとも、これだけは主人に任せられるという
レパートリーがあるといいという事も聞いたことがある。

自分の体は自分で養う
女でも男でも高齢期を迎えた時に自分の口を自分で養えるかどうかで、
その人の幸福度に大きな差が出ると言う。
高齢の男性は妻が病気で倒れたり亡くなって独り身になったりした場合、
栄養失調になりやすく
女性の場合もひとり暮らしの気ままさからごはんと漬け物、
それに甘いお菓子で空腹を満たし栄養失調になる場合があるそうだ。
ここはチョット心配だ。
今は配食サービスも充実しているが一番大事な事は
自分のからだを養うための食べ物をきちんきちんと摂る習慣ではないだろうか。
ある高齢の女性は毎朝きな粉とハチミツを常用しているそうである。
作者は食卓をパッと見て彩り豊かであればまずよしとするそうだ。
そうか。ずぼらになりそうな気がするがここは大事だな。
本はその他にも色々な観点から老いの食事を楽しくすることが書かれている。
他所のお家はどんな食卓を囲んでいるのだろう。
最後にこんなことも書いてあった。
ひとりの食事をする時もキチンと食卓を整えて誰が見ているわけでもないのだけれど姿勢良くきれいな食べ方を心がけるという老婦人のお話。
一人をつつしむ美学として、
食卓に向かう自分の姿をしゃんとしたものにしているのであるって。
食事は体を養うためのものに違いないが人間の食事は単なる餌ではなく、
生活全般の文化の中心になるいとなみであることを
その老婦人の暮らしの姿勢から教えられたと書いてある。
毎日の食事。
二人になって簡単になった分、もう少し丁寧に楽しみたい。
また、どちらかがひとりになった時にしゃんとして食べていかれるか…。
死ぬまでおいしく食べて感謝できたら一番の幸せかな。








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by norinori1088 | 2015-01-30 22:13 | つぶやき | Comments(0)